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波うちぎわのシアン

斉藤倫「波うちぎわのシアン」(偕成社)を読んだ。
sian
小さな島ラーラの医者、フジ先生は
ある夜、燃えさかる船の中から赤んぼうを救い出す。
その子は、無事であったけれど、左の手のひらが開かなかった。
まるで小さな巻き貝のように。
フジ先生は、その子にシアンという名をつける。
シアンが4歳になったとき、不思議な力があることがわかる。
シアンの左手に耳を寄せると、誰もが生まれる前、お母さんのお腹の中にいたときの記憶が蘇るのだ。
お祭りでそれを多くの人の前で披露したシアンに
とんでもないことが起こる。

お腹の中の記憶。
音だけじゃなくて、お母さんの見ていたものまで
赤ちゃんはちゃんと見えている。
自分がどれだけ愛されて、待ち望まれてきたか。
シアンの手にひらに耳を寄せたものにはわかる。
うっとりするような設定だ。

斉藤倫の文体は、独特だ。
どこがどうという理由は言えないのだが
詩のようなのだ。
詩で書いた物語。そんな感じだ。
心地よくて、暖かくて、どこかなつかしい。
不思議な感覚に包まれる。

お話の筋とは関係ないけど
ネコのカモメ。
いいなあ。


先日JBBYから届いた冊子。
JBBYbook1

ミロコマチコさんのインタビューや
市川朔久子さんのエッセイなど載っていて
おもしろいなあとペラペラめくっていたら
最後のページに
どーん!
JBBYbook2
こんな大きな広告を載せていただいてた。
うれし~い。
とっておこうっと。

6月15日に、JBBYの総会がある。
昨年は行けなかったけれど、
角野栄子さんの国際アンデルセン賞受賞記念トークもあるし、
今年は行こうと思っている。
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アジサイとカタツムリ(のウンチ)

あじさいの季節になった。
ajisai20183
庭のアジサイも色づき始めた。
ajisai20181
こちらは4年ほど前に買った「ダンスパーティー」という種類。
毎年少しずつ大きくなっている。

去年だったか、カタツムリとアジサイの話を同人仲間としたことがある。
イラストなどでは、アジサイの葉っぱによくカタツムリが乗っているけど
実際によく見かけるのは、
コンクリートの壁だ、という話をした。
カタツムリはコンクリートをなめるのだ。
殻を維持するために
コンクリートに含まれる石灰岩のカルシウムをとっている。
に、対してアジサイの葉っぱには毒がある。
だからカタツムリは食べない。
家で飼うときは、キャベツやにんじんなどの野菜をあたえる。
大抵の野菜は食べるが、
アジサイの葉っぱは食べないので入れないこと。

というのは、小学校の生活科で
カタツムリを飼うハメになったとき勉強した。
カタツムリは、イチゴも好きだけど、
イチゴを食べると赤いウンチをして、けっこう気味悪い。
食べたものと同じ色のウンチをするのだ。
それを利用し、
カタツムリにいろいろな色のものを食べさせ
カタツムリのウンチを集めて、虹を書くなんてことをするアート(?)があるらしい。

絵の具で書けばいいやん。
なんもカタツムリのウンチ、あつめんでも。

ひまわりさんへ

「せかいかえるかいぎ」、おもしろいですよね。
たしかに嫌いな人も好きになるかもしれません。
この本の編集者さんは、かえる好きな方なので
かなり、愛情こもってると思います。

ちなみにうちにもかえるがいます。これ。
uchinokaeru2
上から見ると
uchinokaeru1
故末吉暁子先生が、
外国のお土産でくださったもの。
口が開いてアクセサリーが入るようになっています。

 児文協 贈呈式・親睦会

金曜日の児文協の話の続き

学習交流会の後は、本年度日本児童文学者協会賞、新人賞、三越左千夫少年詩賞、長編児童文学新人賞、評論新人賞の授賞式。
アンソロジーやコンクールの入選者の発表。

その後、親睦会となった。

たくさんの作家さん、編集者さんで、会場はいっぱい。

でも、一度料理を取りに行っただけで
その後は、ほとんど動かず
話しかけてくださる方とのみ会話していたので
正直、誰が会場にいたのか、あんまりわかっていない。

そんな中で、今回、岡田なおこさんに声をかけていただいた。
(正しくは親睦会が始まる前にだけど)
岡田なおこさんは、「薫ing」「サムディ いつか」などたくさんの著書をお持ちの作家さんだ。
わたしは「ひなこちゃんと歩く道」という作品が一番好きなのだが
その岡田さんが、わたしの「ファン」だと言ってくださった。
特に「夜間中学へようこそ」が好きで
ふだん本を読んで泣くことはないのに、大泣きしたと言ってくださった。
そのときのことはブログに書いてあるので、読んで、とおっしゃったので
家に帰ってからすぐ見た。
  岡田なおこさんブログ「だーばぁの流儀」

岡田さんは、昨年の野間賞の贈呈式にもいらしていて
本当はそのときに声をかけに行きたかったのだが
忙しそうだったので、行けなかった、とおっしゃっていた。
今回は声をかけていただけて本当によかった。

今回の児文協参加の成果は、
岡田なおこさんと話せたこと
「15歳、ぬけがら」の栗沢まりさんと話せたこと
子ども食堂の栗林さんの話を聞けたこと。
毎年ちゃんと行けばいいとは思うんだけど……。
正直な話、あんなにたくさんの人のいるところは苦手なのだ。

たくさんの人と、調子に乗って話すと
後で意味もなく落ち込む。
疲れてしまって、当分、人と話さないで暮らしたいと思う。
いい年して、
しかも教員だったくせに
本当は、かなり人見知りなのだ。
自分の限界を超えて話した後は
冬眠みたいにしばらくこもりたいと思う。

児文協 学習交流会

きのうは、日本児童文学者協会の学習交流会・授賞式・親睦会が行われた。

昨年は欠席したのだが
今年は行かなくてはならない理由があった。
学習交流会の第二部で皆さんにお話しするという任務が課せられたからだ。
今年のテーマは「こどもの今と向き合う~こどもの貧困を見つめて~」。
で、依頼書を見ると
「子どもの貧困」を視点に、創作で大事にしていることなどを話してくださいという…。

ここではたと気づいた。
「子どもの貧困を視点に創作したことがない。
一体何を話せばいいのか。
前日(もっと早く考えればいいのに)必死に考えても思い浮かばない。
当日の朝になっても決まらず、焦っているところに童心社のHさんから「参加することにしました」とメールが来た。
プレッシャーが……
新幹線の中で、あれこれ考えたがまとまらない。
結局「神隠しの教室の聖哉の話をしよう」と
それだけを心に決めた。

第一部では、子ども食堂などを通し、こどもの支援をおこなっている栗林知絵子さんがお話しになった。
内容も素晴らしかったのだけど
その話しぶりのうまさに驚かされた。
聞く価値のある話だった。

その後第二部で、「坂の上の図書館」の池田ゆみるさん、「15歳、ぬけがら」の栗沢まりさん
最後にわたしが話させてもらった。
何をどんな順番で話せばいいのかなと迷っていたけれど
話し出してしまえば、あっという間に終わった。
立って話したので、一番後ろの席の人の顔までよく見えた。
ずっとうなずいてくださっている方もいて、
とても話しやすかった。
Hさんは一番後ろの中央にいた。
途中で目をとじてたけど
あれは、目を休めていたんですよね?
まさか、寝てたなんてこと、ないですよね?(笑)

わたしは「貧困=不幸ではない」
と話したのだけど
そのことについて、賛成してくださった方が何人もいた。

貧困は、ひとつの事象にすぎない。
そういった状況下で何をし、何を思うかだ。
作家が見つめなければいけないのは、そこだ。

何はともあれ、学習交流会は無事終了。

怪談えほん原画展

JBBYから、こんなチラシが届いた。
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「怪談えほん原画展」と「世界を変える美しい本展覧会」。
刈谷市美術館で同時開催らしい。
「怪談えほん」は、岩崎書店で出しているシリーズ。
京極夏彦とか宮部みゆきとか一流の方々が書いている。
正直いうと、子どもには怖すぎる。
特に、京極夏彦の「いるの いないの」は、気の弱い子ならうなされる可能性大。
でも、原画は見てみたいので行くことにした。

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「ゆうれいのまち」大畑いくの 文・恒川光太郎
「悪い本」吉田尚令  文・宮部みゆき
「ちょうつがいきいきい」軽部武宏  文・加門七海
「いるの いないの」町田尚子  文・京極夏彦
「マイマイとナイナイ」宇野亜喜良  文・皆川博子

怪談えほんの第一期の作品だ。
絵本の原画というのは
どれを見てもすばらしい。
印刷された本にはない美しさがある。

とくにわたしが心をひかれたのが
「いるの いないの」の町田尚子の絵。
細部まで丁寧とか色彩に味わいがあるとか
そういうことだけでなく
目が離せなくなるほど魅力がある。
怖いけど。

そして、ふと不思議に思ったのが
「悪い本」吉田尚令の原画。
宮部みゆきのこの文に、どうしてこの絵をつけようと思ったのだろう。
文章は、具体的なものがなく
登場人物さえ明らかになっていないのに。
どうやって物語を展開させていったのだろう。
それにしても、この画家さん、いろいろな絵を書かれる方だ。
「雨ふる本屋」の絵とは、真逆だ。
吉田尚令が絵を担当した本が、何冊も販売されていたけれど、
どれも全然ちがう。
文章を最大限に生かす絵を書いてくれる画家さんなのだな。

2階では「世界を変える美しい本展覧会 インド・タラブックスの挑戦」を見た。
シルクスクリーンをつかった
ハンドメイドの絵本。
気の遠くなるような工程を経て作られる本は、ため息が出るほど美しかった。
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(ここは撮影OK)


美術館の帰り、夫と回転寿司に行き
ご機嫌で帰宅したら
なぜか息子その4、モカの様子がおかしい。
腰を丸めて、立ち上がろうとしてもすぐに座ってしまう。
歩けないみたいだ。
先日、フローリングのワックスがけをしたら、
犬たちが、今までよりもやたらにツルツルすべるようになった。
ソファの前にラグを敷いたのだけど、
全部は敷ききれなかった。
それで、腰に負担がかかったのだろうか。
それとも、何かの弾みで痛めたのだろうか。
散歩にも行けず、ごはんを食べるのも腹ばいになっている。
いつものようにはしゃぐこともない。

そうなると、わたしはもうなにもかも手につかなくなってしまう。
わたしだけじゃない。
夫も息子たちも(上の息子は、一人暮らししているアパートから様子を見に来た)
モカが気になってしかたない。

かかりつけの犬猫病院は、最近ネットで予約がとれるようになったので
月曜日のできるだけ早い時間に、予約を取り
ベッドでモカを横に寝かせ眠った。

で、月曜の朝。

あれ?
モカ、復活!
あんなに痛そうにしていたのは、なんなんですか?
仮病?
naorimasita
「治ったから、いいでしょ?」


いいよ、いいよ。
仮病でも、大げさでも。
元気になってくれれば。

でも、フローリングのツルツルは、やっぱりまずい気がする。
すべらないワックスを買ってきて、塗り直そうかな。

せかいかえるかいぎ

近藤薫美子「せかいかえるかいぎ」(ポプラ社)を読んだ。
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「せかいかえるかいぎがあるらしい」
そんなうわさがひろまって、かえるたちは、ぞくぞくとでかける。
「かえるかいぎ」がなんなのか。
いったいなにをするのか。
誰も考えないまま、ケロケロゲロゲロ、けけけげげげ。
会場についてやっと
「かえるかいぎってなんですか」
「せかいのかえるかいぎ?」「せかいをかえるかいぎ?」
「せかいがかわるかいぎだよ」
「かえるのせかいにかえるかいぎだよ」

結局、「せかいかえるかいぎ」がなんなのかは、わからないまま(笑)

とにかくかえるの多いこと、多いこと。
どのページもかえるがびっしり。
表紙カバーの裏側まで
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世界中のかえるで埋め尽くされている。

絵本の帯には「かえるのきらいなひとは、みないでケロ」
そうでしょう、そうでしょう。
かえるの嫌いな人は、ぜったいやめた方がいい。
絵本なのに、やたらにリアルだし。

でも、わたしは、この本を見たら、大喜びしそうな男の子(ただし、わたしがしってる当時)を
何人も思いだした。
かえるとかトカゲとかカナヘビとかザリガニとか。
好きって子はいるんだよねえ。

とぼけたかえるたちの会話が楽しい。
小学校の図書室におすすめ。


話は変わって

先日「神隠しの教室」のイラストレーターの丸山ゆきさんとメールで話した。
丸山さんの家の近所に新しい書店ができて、見に行ったら
「神隠しの教室」が、あるにはあったのだけど
棚から抜いてみたら
「野間児童文芸賞受賞」の帯が、くしゃくしゃにつぶれていたのだそうだ。
丸山さんは、どうしても気になって
家にもどり、自分が持っていた帯を手に
書店に行ってくださったのだそうだ。
「よけいなことをしたかもと思ったのですが
取り替えてもらって、ほっとしました」
読んで、涙が出てきそうだった。
丸山さんの「神隠しの教室」に対する愛情を感じた。
わたしは、いつも勝手に
イラストレーターさんも、編集者さんも、営業さんも
本に関わってくれている人たちはみんな同じチームだと思っているのだけど
その中に、丸山さんがいてくれてよかった。


しゅくだいを忘れる授業

息子その1の知り合いの方が
「たのしい授業」(仮説社)という雑誌の実践報告に
「先生、しゅくだいわすれました」が使われていると教えてくださった。

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仮設授業研究会というところの出している雑誌らしい。
教員のための雑誌なのだけど
わたしは、そんなに研究熱心ではなかったので、読んだことがない。
けっこう大きな研究会らしい。
(すみません。勉強不足で)

毎回、いくつかの実践報告が載せられるようで
その中の一つに
「スピーチしたくなる本、見つけました」
と題した報告が載っていた。
その「スピーチしたくなる本」が「先生、しゅくだい」だった。

その先生は、読み聞かせをした後
実際にこどもたちにしゅくだいを忘れたいいわけを考えさせ
朝のスピーチで発表させたらしい。

お話の中では、こどもたちはノリノリでウソをかんがえてくるが
実際は、そう簡単にはいかず
親の方も、とまどって、「忘れなくちゃいけないといってますが、一応、しゅくだいもやらせました」と連絡してくるなど、
なかなか大変だったようだ。
それでも、だんだんこどもたちも慣れてきて
楽しいいいわけを考えてきていた。

最後は、お話通り、先生がプリントを作るのを忘れたいいわけを話していたのだが

先生っ! このお話、難しすぎですよ(笑)
(原子・分子の世界につれていかれた、なんて!)

でも、こんなふうに授業に使っていただけてよかった。
ちなみに、
わたしは、すでにいくつかの学校で、
ゲストティーチャーでいった際に
「いいわけ」を考えさせております。
ホントに、宿題わすれておいでとはいわないけど。

ももたろう懇親会・池袋ジュンク堂

先週の金曜日(5/11)は、ももたろうの集まりがあった。
まずは、同人で集まり、会計報告やら今後の予定やら決めた後、
48号の合評。

それをギリギリまでやって、場所を移動。
鬼ヶ島通信の方々や、日頃お世話になっている方々との懇親会。
同人のみんなが
kake
こんな素敵なケーキを準備してくれた
それから、ももたろうOBで作家の堀切リエさん、ももたろうの表紙を書いてくださっているイラストレーターの松田志津子さん、ももたろうの編集・印刷をしてくださっているサンタポストのKさん、緑陽社のTさんから
スワロフスキーのぎっりしつまった
ジュエリーみたいなボールペンをいただいた。
bollpen
名前も彫ってあった。
保証書のついたボールペンなんて、はじめて見た。
ありがとうございます。

わたしの前の席は、作家の那須田淳さんだったのだが
「(わたしの)、野間賞の贈呈式に出た後から、体調が悪くなった」とおっしゃっていていた。(今は回復されている)
隣に座っていたひらのてつおさん(わたしのデビュー作の絵をかいてくださった)も
少し前、体調を崩されていたらしかった。
あのとき、「わたしの人生のツキをみんな使い果たしていいから野間賞をください」と神様にお願いしたのだけど、
どうも、わたしのツキだけでは足りなくて
わたしの周りの人たちのツキもちょっとずつもらっていたらしい。
そういえば、担当のHさんも、目を腫らしてたし。
わたしは、みんなのツキを少しずつもらって
孫悟空の元気玉のようにして賞をもらったのだ。
なるほど。新たな事実が判明した。

その日の夜は、同人の蓼内さんのおうちに泊めてもらった。
蓼内さんのお宅に泊まると、
いつも2時過ぎまで、ふたりでお酒を飲みながら話し込んでしまう。
蓼内さんのデビュー作「右手にミミズク」は、この秋フレーベル館よりが出版が決まっている。

翌日は、ジュンク堂書店池袋本店へ。
「幼年童話フェア」に「がっこうかっぱのイケノオイ」と「くつかくしたの、だあれ」が入れてもらえたのだ。
4月にTwitterで知って見に行きたいと思っていたのだが
今度東京に行くときには終わっているということだったのであきらめていた。
そしたら、理論社の営業の方が
「1ヶ月延長になりました。是非いらしてください」と教えてくださったのだ。
「行きます!」とお返事したら
作家のいとうみくさんから「同行させていただいていいですか」と連絡をもらった。
みくさんの「おねえちゃんて、もうたいへん」も展示してあるのだ。
みくさんがいらしたら、書店の方も喜ばれるだろう。
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jyunkudou2

児童書担当のIさんにご挨拶もできた。
却って迷惑かと思ったのだけど、色紙を持参した。
sikisi250
芸能人みたいなサインはこっぱずかしいので
(みんな、ああいうのどうやって考えるんだろ)
いつも記名って感じになってしまうので
少しでも華やかにと工夫したら
小学校の教室掲示みたいになってしまった。

かっこよく作家らしくしたいと思っても
やっぱりわたしのやることは
いつもどこか子どもっぽくてはずかしいなと後で反省する。
けど、たぶん、またくり返すんだな。
性懲りもなく。

たぬきの花よめ道中

最上一平「たぬきの花よめ道中」(岩崎書店)を読んだ。
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山にすむたぬきのあさぎり姉さんが、都会にお嫁に行くことになる。
大都会のど真ん中。
へき地もへき地。さいはての町。
人間に姿を変えて、一族そろって電車に乗る。
やっとたどり着いた町には、おかしなものばかり。
「どうしてこんなところにお嫁に行くの?」とたずねる妹に
「だって、すきになったんだもの」
愛があれば、どんなところでもだいじょうぶ。

そうか。たぬきから見たら、都会はへき地なんだなと笑った。
都会の様子に目を丸くするたぬきたち。
でも「素敵」とか「便利」とかじゃなくて
「おかしなもの」「へんなもの」。
こんな中で暮らしていくのは、たしかに不自然で不便そう。
愛があるからだいじょうぶ……って昔聞いた気がするけれど
花嫁さんって、みんなそんな覚悟を抱えて行くのかも。

町田尚子の絵が、すごく素敵。
たぬきたちの目が、なんとも言えず愛らしい。
都会の桜並木の下、提灯に赤い番傘で進む花よめ行列の絵は
ホントに美しい。
そして、祝言の場でのたぬきの多さにびっくり。
こんなにたぬきが!

昔は山にすんでいた動物が、
最近は都会に出没していると聞いたことがある。
たぬきとかハクビシンとか台湾リスとか。
夜になると、出てくるみたいだが
眠らない町では、生きていくのも大変だろう。

あさぎり姉さん、お幸せに。

日曜日の王国

日向理恵子「日曜日の王国」(PHP研究所)を読んだ。
nichiyoubinooukoku
小学5年生の繭は、突然学校に行けなくなる。いじめられたわけでもないし、いやなことがあったわけでもない。それでも、行けないのだ。
平日は、家の外にはでられない。学校を休んでいるのに、外にでたら変な目で見られる。
でも、日曜日だけはだいじょうぶ。
お母さんが出勤になった日曜日、繭は、外の道に矢印があるのに気づく。
どうしても気になって見に行くと、その先にも……。
矢印をたどって着いた先には、「日曜日舎」という画材屋さんがあった。
そして、中では不思議な人々が絵を描いていた。
日曜日だけのスケッチクラブ。繭もそこに通うことにする。

ファンタジーは、異世界に行く入り方が問題なのだと言われたことがある。
その点においては、この物語の入り口は、実に自然だ。
窓から見える矢印。それをたどっていく過程で、もう不思議ははじまっている。
その先にどんな世界が待っていようとも、
読者に何の違和感もない。

絵を描くことで、自分を見つめ始める繭。
「繭の中身はなんなの?」
マグパイの問いかけに答えられない繭。
最後に繭が暗闇の中でであう「蝶の群れ」、
「繭」「蝶子さん」「お母さん」
一見バラバラだったものたちは
実は、絡み合っていて、
やがて一つの答えを導き出す。
答えに向かって、一つずつ丹念におかれていった置き石の存在が
最後に生きてくる。
なるほど、そういうことねって。
星空に描かれる大きな大きな作品、
わたしも見てみたい。

「雨ふる本屋」でも感じたのだが
日向理恵子の物語は、
エンデやノートンやあまんきみこや安房直子のような
「上質なファンタジー」の香りがする。

ただ、わたしが気になったのは繭の今後だ。
原因、お父さんとお母さんにもあることは
薄々感じられるので
二人が変わっていけば繭も変われるのだろうか。
それとも繭自身の問題なのか。
フリースクールを見に行くことは決まっているのだけど
繭自身が、なぜ学校に行けないのかわからないと
この先、また壁に当たるのではないかと、
教員上がりのわたしは、気になってしまう。
その辺を探り始めると、かわってしまうのかもしれないけど。

今日は、2匹の犬たちを獣医さんに連れて行き
狂犬病ワクチンとフィラリアの検査&予防薬
耳掃除、つめきり、
最近モカが体をかいているので
念のために2匹分のノミ、ダニ駆除薬をもらったら
我が家の2週間分の食費が飛んでいった。Σ(´Д`*)
ペット保険には入ってるけど
予防接種にはきかないからなあ。
しかたない。
プロフィール

yamamoto etsuko

Author:yamamoto etsuko
「神隠しの教室」(童心社)で、第55回野間児童文芸賞受賞。「先生、しゅくだいわすれました」「がっこうかっぱのイケノオイ」「ポケネコにゃんころりん」シリーズ、「テディベア探偵」シリーズ、「夜間中学へようこそ」などの著書を持つ児童文学作家。愛知県半田市在住 児童文学同人誌「ももたろう」同人、日本児童文学者協会会員 JBBY会員
〔家族〕 夫 息子その1(人間) 息子その2(人間)、息子その3ルウ(トイプードル) 息子その4モカ(トイプードル)

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