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かぶきやパン

かねまつすみれ「かぶきやパン」(童心社)を読んだ。
kabukiyapan
「とざい、とーざい
ほんじつ 十じをもちまして、
まちのパンや「かぶきや」かいてんと
あいなりまして-ございます
舞台で口上をはじめるのはメロンパン。
つぎにあらわれしは、クロワッサン。
「とわれてなのるもおこがましいが、
うまれはかぶきや、いしのかま……
そのなは、みかづきすけろく!
大見得を切るとすかさず声がかかる。
「いよっ! いきだねえ」
「すてき!」
こんな調子で、パンたちが入れ替わり立ち替わり口上を口上をのべる。

かぶきというと、子どもには縁がなく
とっつきにくい印象を持つが、とんでもない。
この、ことばのリズム。
一度読んでもらったら、次は自分で声を出して言いたくなるはず。
歌舞伎とパンをくっつけるなんて
すごいところに目をつけたなあ。
長野ヒデ子さんの絵が
驚くほどぴったりだ。
よくこんなにパンを歌舞伎調にできたものだ。
大変だっただろうなあ。

この絵本は、童心社と児文協が行っている「絵本テキスト大賞」の大賞作だ。
作者のかねまつさんのデビュー作となる。
かねまつさんとは、数年前にお会いしたことがある。
その後「絵本テキスト大賞」を受賞したと聞いて、よかったなあと思った。


歌舞伎の絵本を見て
息子その2が小学校の4,5年の頃、いっしょに歌舞伎を見に行ったことを思い出した。
「西遊記」だった。
歌舞伎の言い回しや、効果音の作り方(舞台袖で音を鳴らしたり)、衣装が目の前でさっと変わるところ
息子にとってはなかなかおもしろい舞台だったようで
家に帰ってからも、何度もそのことを口にしていた。
歌舞伎って、意外に子どもにうけるのかも。
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消えた時間割

西村友里「消えた時間割」(学研プラス)を読んだ。
kietajiknwari
ある日、校舎に強い風が吹き込み、ロッカーの上に置いてあった墨汁がこぼれる。
運悪くその墨汁は、みんなに配布されることになっている「時間割予定」にかかってしまう。
このクラスでは1週間の授業の予定を、時間割にして前の週の金曜日に配るのだ。
その『時間割」に点々と墨がついている。
墨のついている場所は、みんなちがっていて、
真子のプリントは月曜の図工の持ち物「絵の具」の文字が、
菜々子のプリントは月曜の体育の「鉄ぼう」が
翔太は「火曜日の算数」が墨で消えている。
すると、それぞれ、なにかおこって、絵の具が必要でなくなったり、鉄棒をしなくてすんだり、算数の授業をうけられなくなったりするのだ。
つまり、墨汁で消えた部分の時間割がなくなったのだ。

なぜ墨汁がついた部分の時間割がなくなったのか
それは、物語の中でちゃんと説明されている。
総合学習で地域のことをしらべているという伏線が
ちゃんとここで生かされている。

すごく大きな事件ではないけど
ちょっとした謎解きの要素も加わり、おもしろい。
それぞれのこどもたちが、ちゃんと年齢にふさわしい書き方をされている。

たまたま、先日もおなじ作者の本を読んだ。
そのときも、教室の様子をうまく切り取る人だなあと思ったが
今回、作者のプロフィールを読んでなるほど、と思った。
35年も教員として勤務されている。
そりゃあ、うまいはずだ。


今朝の中日新聞に、評論家の野上暁さんが載っていたので、思わず熟読した。
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野上さんが企画した本「手塚マンガで憲法九条を読む」(こどもの未来社)についての記事だった。
そういえば、編集者時代、手塚治虫の担当だったとおっしゃってた。
今回の本の編集は、元ももたろう同人の堀切リエさんだそうだ。
憲法改正が取り沙汰される今だからこそ、たくさんの人に読んでほしい。
わたしも、絶対読もう。決めた。



一番トマト

今年最初のミニトマトが色づいた。
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毎年一本だけ苗を買ってきて植える。
一本でものすごくたくさんとれるのだ。
毎年、「今年はどのトマトにしよう」と悩む。
今年買ったのは「純あま」という種類。
甘いかな~?

愛知県の「青少年によい本をすすめる県民運動」の指定図書に
「夜間中学へようこそ」が選ばれた。
それから、「神隠しの教室」は、西日本新聞主催の読書感想画コンクールの指定図書にしていただいた。
ありがとうございます。


昨夜は、少しだけと思って見始めた、サッカーW杯。
1点取られた時点で寝ようかなと思ったのだけど、
同点になって、目がさめた。
結局最後まで見ちゃった。
朝は眠かったけど、見てよかった~。
っていう人、今日、たくさんいただろうなあ。
みんな、本田さんに謝らなきゃね(笑)

「空飛ぶタイヤ」と夏休みのおすすめ本

長瀬智也主演「空飛ぶタイヤ」を観てきた。
原作は、池井戸潤。
従業員80人の赤松運輸。
ある日、運送中にトラックのタイヤが脱輪し、歩道を歩いていた主婦に激突。
主婦はなくなってしまう。
調査にあたった大企業のホープ自動車は、整備不良という結論を出す。
しかし、赤松社長(長瀬)は、それは、トラックそのものに欠陥があったのではないかと考える。
町の運送会社が、大企業を相手に戦いを挑む。

池井戸潤の作品は、多くが、
小さな町の企業が大きな企業と戦い
形勢不利な状況のなか、一瞬、有利になるものの
またすぐにつぶされ、
もうだめだという最後の最後に一発逆転。
決まっている。
人気のテレビドラマもだいたいそうなのだけど
でも、観ちゃうんだな、これが。
どんな風に逆転するかもおもしろいのだけど
まず、安心感、爽快感があるのだ。
弱いものが強いものを打ち負かすっていうのも、日本人が好きなパターンだ。
今回の映画も、そのパターンではあるけど、おもしろかった。
わかりやすいし。
心理描写の多い映画だとすぐに飽きるうちの夫も、最後までおもしろかったようだ。

わたしは、映画を観つつ「どこに伏線を引くのか」とか「なにをきっかけに次の行動に移させるのか」とか
そんなのばっかり考えてしまう。
また、今回、脱輪事故で女性が亡くなったのだけど
何年か前に、トレーラーのタイヤが外れ、たしか小さな子どもとお母さんが亡くなる事故があったと思う。
池井戸潤の小説が、その事故の前に書かれたものか後に書かれたものかはわからないのだけど
こういうものを映像化、または書籍化する場合は
その遺族の方に許可をお願いするのだろうか。
具体的にモデルにしたわけじゃないなら、不要なのかな。
でも、遺族の方は、思い出すだろうな、いやでも。
なにか実際の事件をモチーフにしながら
フィクションを書くときは、どのくらいの人に許可をいただけばいいのだろう。
児童文学では、あまりないことだろうけど。

映画の前に、アピタ阿久比店のくまざわ書店に寄ったら、
「先生、しゅくだいわすれました」が、夏のおすすめ図書として平積みしてもらってあった。
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それから、先週イオン東浦の書店リブレットさんには
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「神隠しの教室」が。

たくさんの子どもたちの手に届きますように。

のんちゃんとモンシロチョウ

西村友里「のんちゃんとモンシロチョウ」(PHP研究所)を読んだ。
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2年2組の生きものがかりの風花、理恵ちゃん、大ちゃん。
大ちゃんが、花壇でモンシロチョウをつかまえる。
教室で飼うことにした。女子二人がエサの担当だ。
風花は、わたにハチミツを水で溶かしたものをしみこませてもっていく。
毎日やっているけれど、モンシロチョウは、どんどん弱っていって、死んでしまう。
すると大ちゃんが、「しんぱいするな、おれが新しいのつかまえてきてやる」
でも、その新しいモンシロチョウも、すぐに死んでしまった。

こどもたちは、生きものを捕まえたがる。
低学年の教室は、いつだって何かいて、ちょっと生臭い。
トカゲ、何かのさなぎ、なにかの幼虫、オタマジャクシ、カナヘビ、カミキリムシ、カブトムシの幼虫、カタツムリ
「先生、飼ってもいい?」
と聞かれて、「せわができるのならいいよ」なんて答えようものなら
あっというまに、ロッカーの上がいっぱいになる。
大抵、世話が仕切れなくて、弱っていくので
「もう逃がしておいで」と説得する。
うっかり死なせてしまったときは、「しまった」と後悔した。

こどもたちは、モンシロチョウは、つかまえた時点でもう満足なので、
その後の世話には興味はない。
蝶の死骸は、それ程生々しくないし、静かに死んでいくので、こどもたちはピンとこない。
一つの命がなくなったなどと思わないし
蝶はとびたかっただろうな、などと想像しない。
死んだら、「じゃあ、新しいのとってくる」といいかねない。
この物語のように。
「もう、ころすの、いやなんだよ」
という風花の言葉は、初めて、他のこどもたちに、
自分たちの行動で一つの命がなくなったという事実を突きつける。

ありふれた教室の風景を、うまく切り取ったお話だなと思った。
おなじ作者の「たっくんのあさがお」(PHP研究所)も
派手さはないが、こどもたちのありのままの様子を描いている。
どちらも、こどもの優しさがしっかりと感じられる。
読み手の成長度合いを意識した作品だなと思う。
PHP研究所の「とっておきのどうわ」は、
幼年童話の王道という感じの読後感のよい
優しくてやわらかな作品が多い。
イラストも、そんな感じだ。

わたしの「おかわりへの道」も同じシリーズだけど
ちょっと毛色がちがう気がする(笑)

わたしをみつけて

中脇初枝「わたしをみつけて」(ポプラ社)を読んだ。
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生後間もない赤んぼうの頃、産婦人科の前に捨てられていた弥生。
乳児院や施設で育った。
一度養子になりかけたこともあるが、「いい子」にしなかったら、すぐにもどされた。
「いい子」でないと、受け入れてもらえない。本当は「いい子」じゃないのに。
大人になった今も、その思いを捨てきれない弥生。
准看護婦になって、病院に勤めていても
捨てられないよう、嫌われないよう「いい子」を演じ続ける。
相手が、医療ミスを隠そうとする医者であっても、相手に嫌われないように気を配っている。
そんなとき、高いスキルと志をもつ藤堂師長があらわれる。

はじめは、なんとなく読んでいたのだが
「きみはいい子」とリンクしていた。同じ桜ヶ丘の町が舞台なのだ。
「きみはいい子」の登場人物が、時々現れ、その後の様子や、またちがった面からの人物像を見せてくれる。
例えば、患者として現れる菊池さんは、「きみはいい子」に少しだけ登場する気のいいおじさんだ。
「きみはいい子」の中で、ゴールデンレトリバーを飼っていることに少しだけ触れてある。
この人は、犬の散歩の途中通りかかるアパートから、怒鳴り声と子どもの泣き声が聞こえてくるのを気にしている。
このアパートの子どもは、実は「きみはいい子」にも出てくる少年で、母親は弥生と同じ病院に勤務している。
登場人物たちは、絶妙にリンクして、物語を立体的に映し出す。

自分はいい子ではなかったから捨てられた。
だから、今度は捨てられないように「いい子」でいなければと思う弥生。
養子縁組をしようとしてくれる父母の前で、わざと悪いことをし「いい子じゃなくても受け入れてくれるかどうか」を試すのは、実際によくこどもたちがやるのだそうだ。計画的にではなくて、本能的に。
そして、受け入れられないとわかったとき、
「もう自分を押し殺して生きていくしかない」と思うのだろう。

読み始めたら手が止まらなかった。

「きみはいい子」「わたしをみつけて」と立てつづけに読んだのは
今、自分が書いている作品に通じるものがある気がしたからだ。
わたしが書いているのには
ここまで辛い環境にいる子どもは出てこないけど
いつだって、どこかにその子を見ている人がいるという点は同じだ。
そして、うっすらと光が見えるところ。

でも、、現実には、見ているだけ
気づいているだけでは、救えない命があるんだよなあ。


別に体調が悪いわけではないのに、このところちょっとだけ不調。
まず、かれこれ1ヶ月半、口角炎が治らない。
口の端っこが切れるヤツ。
ビタミン不足かと「チョコラBB」を買ってきたのだけどだめ。
治ったかなと思うと、食事のとき、またピリッと切れる。
それから、2週間くらい前から奥歯が痛い。
治療済みの歯なのに。
そして、もう一つ、両手の親指の付け根が痛い。
PCは親指を使わないようにすればいいけど
びんやペットボトルの蓋を開けたり、
袋をやぶったり、
日常のちょっとした動作ができない。

こういうこというと、すぐ「老化」とか「加齢」とかいわれるんだよなあ。ちぇっ。o(o・`з・´o)ノ

きみはいい子

中脇初枝「きみはいい子」(ポプラ社)を読んだ。
kimihaiiko
桜ヶ丘という町を舞台とした5つの物語。
学級崩壊させてしまったクラスの中にいる無口な男子児童が、
5時までは家に帰ってはいけないと、母親の恋人からいわれていると知る教師。
虐待されて育った母親は、どの親も家では暴力をふるうものだと思っている。
成長の遅い息子と仲よくしてくれる男の子は、どうも母親の再婚相手から虐待されているらしいと気づく父親。
一人暮らしのおばあさんに、毎日あいさつしてくれる男の子の秘密。
自分を虐待した母親は、認知症になり、幼子のようになっているという女性。
どの話も、つらい状況に置かれている子どもが出てくる。
どれも辛い話ではあるのだが
かならず、手を差し伸べる人がいる。
ひとりぼっちではなくて、誰かの愛情が、一筋の光のように物語を照らす。
胸にしみる物語だった。

知らなかったのだけど、映画化もされているらしい。
レンタルビデオに行ったらあるかな。

今朝の中日新聞に、「子ども食堂に移動図書館構想」という記事が載っていた。
aichinett
名古屋に住む童話作家の藤真知子さんから、
すこしだけ話は聞いていた。
子ども食堂にくるこどもたちに本を読んでもらおうという話だ。
藤さんがご自身の著作を50冊ほど寄付し、
さらに東海三県の書店業者さんたちで作っている東海日販会が10万円分の図書と台車つきの「ブックトラック」を寄贈し
これで移動図書館を作るのだそうだ。
23日13時から中京大名古屋キャンパスであいちネット総会が行われ、
そこでくわしい報告があるらしい。
「子ども食堂と地域の子ども」「愛知の子どもは今」という分科会に分かれての学習交流会もあるとのことだ。
資料代500円。申し込みは不要だそうだ。
興味のある方は、是非。

JBBY総会&懇親会

昨日は、JBBY(日本国際児童図書評議会)の総会&懇親会に出席した。
実は、今までこの会に出たことはなかったのだけど
今回は、総会の後、角野栄子さんのトークショーがあるということだったので
トークショー目当てで出かけた。
角野さんは、昨日のあさイチ(NHK)にも出ていらして大忙しだ。

角野さんは、野間賞の贈呈式にも来てくださっていて、
お声をかけていただいた。
そのときも思ったのだが、とても80歳をすぎているとは思えない。
背中がすっと伸びている、
笑顔が若々しい。
そして、そんな若々しい角野さんは、
「これから、どんなものを書いていこうと思っているか」を語られた。
まだ書きたいものがあって
新しいものを書いていこうと思っているということに感動した。
このお年になっても
こんな素晴らしい賞をいただいても
まだ、ゴールじゃなくて、当然のように先に進んでいこうとしている。
すごい!

懇親会では会の前半に、あいさつをさせていただいたので
その後、いろいろな方が声をかけてくださった。
児文協の懇親会とは来ていらっしゃる方が全然違って
翻訳者の方がほとんど。
図書館関係の方もいらしていた。
「大ファンなんです」といってくださる司書さんもいらしてうれしかった。

今回、当然なのだが、新幹線で日帰りした。
ここのところ、事件続きの新幹線。
いつもより乗務員さんのすがたを見ることが多かった。
警備ってことなんだろうなあ。
わたしも思わず座るときに、座席が本当に外せるのか確認してしまった。


さて、わたしは今回、なんと着物を着て東京まで行った。
こんな長時間着ていたのは初めてだ。
疲れちゃうかなと思ったけど、そうでもなかった。
jabbykimonode
着崩れて、帰りに服を買って着替えなくてはいけなくなったらどうしようと思ったけど
そうはならずに帰宅できた。
もちろんトイレに行くたびにあちこち直してたんだけど。
でも、はじめの頃より、かなり手早く(といっても30分かかる)着られるようになった。
長時間着てても大丈夫なことがわかったので、また着ていこうっと。

話はちょっと変わるのだけど
ももたろうのHPに、わたし宛のメールをくださる方がいて
それは、ありがたいのだけど、いつも文面が
「くれぐれもお体をいたわって、長生きしてください」とか
「積年のご努力のたまものです」とか
「末永く作品を書き続けてください」とか
どうも、わたしのことをものすごいおばあさんと思っていらっしゃる気がする。
別に、若くはないけど、でも、まだ、そこまでお年寄りでもないとメールに書こうかしらと思いつつ、そんなこと書くのも変かなと。
だから、その人が、上の写真を見て
そんなにおばあさんじゃないじゃんって、気づいてくれることを。期待します。

わたしの空と五・七・五

森埜こみち「わたしの空と五・七・五」(講談社)を読んだ。
watasinosorato
中一の空良は、クラスの友だちに全くなじめない。
人の話を聞いていろいろ考えてはいるけれど、それを言葉に出せない。
そんな空良が、文芸部に入ることになる。
空良以外の新入部員は一名。
先輩はたった二人。存続の危機に陥っている部活だ。
文芸部の活動は部誌をつくること。
そこに載せるのは小説でも詩でも短歌でも俳句でもいい。
もっと入部希望者を増やすため、文芸の面白さを伝えようと、句会(俳句の披露会)を行うことになる。

人数の少ない部活に入って、コンクールや甲子園を目指すとのかとおもったけれど、
そうではなく、もっと地味な、校内の句会。
甲子園やコンクールを目指すのは、もう既に名作がいくつも出てるので
今さら出しても勝ち目はない。
中学生だし、このくらいの方が現実味がある。正解だ。
俳句の書き方なども書かれていて、興味もをもつ子もいるはずだ。
ただ、二人の先輩たちの句会での講評が、素晴らしすぎて、中学生とは思えなかった。

中学という新しい場所で
自分をどう表現していいかわからず
戸惑う生徒たちが、少しずつ歩き出す様子が爽やかだった。


この作品は「ちゅうでん児童文学賞」というコンクールで入選し、出版された作品。
作者のデビュー作となる。
「ちゅうでん」って、レベルが高いなと思った。
ちなみに、この作者は「蝶の羽ばたき、枯れ葉の音よ」という作品で
日本児童文学者協会の本年度の「長編児童文学新人賞」を受賞している。

「蝶の羽ばたき」で、思いだした。

先週の土曜日の朝、庭に出ていた夫が
「蝶が羽化しはじめてるよ」と教えてくれた。
見に行くと、家の横の木で、アゲハチョウが羽化し始めていた。
頭と体の三分の一くらいが出ている。
二人でじっと見ていたが、なかなか出てこない。
時々体を大きく動かすのだけど、外にでられない。
いったん、その場を離れ、30分ほどしてから見に行ったけど変化なし。
その後、出かけてしまったので、次に見たのは夕方だ。
蝶は、朝見た形のまま、動かなくなっていた。
もしかしたら、超のんびり屋さんかもとおもって、次の朝も見たけど、同じだった。
羽化できなかったんだな。
さなぎのまま、死んでしまう蝶は、けっこういる。
さなぎの中では、体中の気管をすべて変える生死を分けた大改造が行われている。
ついてこられないものもいる。
でも、羽化が始まったら、もう、あと一歩なのだ。
あと少しだったのに。

空を飛びたかったね。

小さな亡骸に話しかける。

庭のキンカンの木の周りには、何匹かのアゲハチョウが飛んでいた。


さくらんぼ

山梨県に住む相川郁恵さんが
「野間児童文芸賞受賞のお祝いに」と
さくらんぼを送ってくださった。
sakurannbo
つやつやの宝石のようなさくらんぼ。
佐藤錦だ。
「お祝いは、さくらんぼと決めていたので、遅くなりました」とのこと。
受賞から、もう何ヶ月も過ぎているのに
まだお祝いをいただけるなんて、わたしは幸せ者だ。
早速、いただいてびっくり!
なんだ、このおいしさは
こんなおいしいさくらんぼ食べたの、はじめてだ 。
もう、今日は夕ごはんは食べなくてもいい。
これを夕飯にしたい。
さくらんぼでおなかをいっぱいにしたい。

さくらんぼ、大好きなのだが、高いのでめったに買えない。
清水の舞台から飛び降りたつもりで買っても、
あんまりおいしくなかったり
ものすごくちょっぴりだったり、
なかなかおいしいさくらんぼを好きなだけ食べられることってない。
今日は、さくらんぼ祭りだ!
わーい
相川さん、ありがとうございます!

プロの作家の方以外は、ブログに実名をだすことはないのだけど
相川さんの名前をお出しするのには理由がある。
彼女はまだ今は、アマチュアなのだけど
この夏には作家デビューするのだ!
今年、「福島正実記念SF童話賞」を受賞し、
岩崎書店から発売されることになっている。

「おれからもうひとりのぼくへ」(仮題)相川郁恵

皆様、書店でみかけたら、どうぞよろしくお願いします。

べつに、さくらんぼをもらったらから、宣伝するわけじゃないですよ~。
プロフィール

yamamoto etsuko

Author:yamamoto etsuko
「神隠しの教室」(童心社)で、第55回野間児童文芸賞受賞。「先生、しゅくだいわすれました」「がっこうかっぱのイケノオイ」「ポケネコにゃんころりん」シリーズ、「テディベア探偵」シリーズ、「夜間中学へようこそ」などの著書を持つ児童文学作家。愛知県半田市在住 児童文学同人誌「ももたろう」同人、日本児童文学者協会会員 JBBY会員
〔家族〕 夫 息子その1(人間) 息子その2(人間)、息子その3ルウ(トイプードル) 息子その4モカ(トイプードル)

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