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すぐ死ぬんだから

内館牧子「すぐ死ぬんだから」(講談社)を読んだ。
sugusinunndakara
忍ハナは78歳。年相応に見られてはいけないと、外見に気をつけている。
その甲斐あって、町に出ればシニア雑誌の編集に声をかけられ、写真をとられたりする。
クラス会に行けば、すっかり老け込んだ同級生たちにいやみを言われたりもするが
やっかんでいるだけだと相手にしないことにしている。
夫の岩蔵は、折り紙だけが趣味の地味な男だが、優しく、一緒にいると落ち着く。
「人生で一番よかったことは、ハナと結婚したことだ」
「ハナは、おれの自慢」と臆面もなくいうところもいい。
息子の嫁の服のセンスのなさには辟易しているが、
それでも、幸せだった。
しかし、ある日突然岩蔵が急死してしまう。
そこから、ハナの人生は思わぬ局面を迎える。

さすが、数々のヒットドラマを生み出しただけのことはある。
おもしろかった。
ぐいぐい引っ張られるように読んだ。

若作りで、鼻っ柱の強いハナ。
全く身なりに頓着せず、ひたすら絵を書いている嫁の由美。
ブログが人気になり、コメンテーターにまでなってしまう娘の苺。
太めで心優しいブラザーコンプレックスの孫のいづみ。
この物語に出てくる女たちは、実にリアルで、しかも魅力的だ。

なかでも、主人公のハナは、際立っている。
どんなに打ちひしがれているときも
化粧をし、服を選び、ウィッグをかぶり出ていくハナが
わたしは、けっこう好きだ。
憎い相手でも、いつの間にか、「もう、いいか」と思ってしまう太っ腹なところもいい。
自分もこういう高齢者になりたい。

「すぐ死ぬんだから」
この言葉には不思議な力がある。
すべてが許されてしまうのだ。
「すぐ死ぬんだから、がんばる必要なんてないのよ」
「すぐ死ぬんだから、好きにさせて」
「すぐ死ぬんだから、なにかしたってムダ」
作者は、この言葉は高齢者の免罪符だと語る。
でも、この免罪符は
セルフネグレクトへ続いていく。

物語の終盤、ハナは、先のない年代に必要なものに気づく。
これがいかにもハナらしくてよい。

母が60代くらいの頃にこの本、読ませてやりたかった。

明日は、朝から東京。
まず、ひとつ仕事の打ち合わせをしてから
同人誌「ももたろう」の総会&合評会。
夜には、懇親会。
今回は「ももたろう」の読者さんも参加してくれる。
楽しみ~。

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カゲロボ

木皿泉「カゲロボ」(新潮社)を読んだ。
kageribo
「人間そっくりのロボットが、作られているらしい」
誰もが気づいてるけれど、口に出さない秘密、カゲロボ。
それは監視カメラとしてクラスにまざっているという噂もある。
ある女生徒が自殺した翌日、クラスで孤立しているGという生徒が遅刻してくる。
自殺の原因を知っているということで、警察に呼ばれているのではないか。
つまり、Gがカゲロボなのではないかという噂が一気に広がる。
主人公は、ちょっとしたことからGと親しくなってしまう。
そして……。

「はだ」「あし」「めえ」「こえ」「ゆび」「かお」「あせ」「かげ」「きず」からなる短編集。
でも、それぞれが、少しずつ関連している。
人間だったり、ネコだったり、金魚だったりの「カゲロボ」らしきものが出てくる。
AIもの、というのではないけど、近未来なのかな、多分。

木皿泉は、和泉務と妻鹿年季子(めがときこ)夫妻の共作ペンネーム。
作家としてより、脚本家としてよく知られている。
「野ブタ。をプロデュース」や「Q10」「すいか」「昨日のカレー 明日のパン」などは
わたしも大好きだ。

この物語も、全体としてはとても面白かった。
不思議で、切なくて、優しい話だった。

ただ、二話目にネコの足をナイフで切断する場面が出てきて
(話の展開上、必要なのだけど)
ねこ好き(わたしの周りには何人もいる)が読んだら、卒倒するだろうなと思った。

それと、私的には「ゆび」が、いただけなかった。
人生の最後に叶えてほしい夢が
もう一度、痴漢の指に会いたいというもの。
もちろん、そこには、深い意味合いがあるのだけど
気持ちが悪かったのは
満員電車で痴漢に遭っていた若い頃、彼女がその指をさほど不快に思っていなかったということだ。
これは、ご夫妻どちらのアイディアなのだろうか。
「痴漢されてる方も、案外喜んでるんじゃない?」みたいな
勘違い男が喜びそう。
(「ゆび」が一番面白かったという方すみません)
「ゆび」の中のホスピスで
「患者たちが、最後に一冊本を寄贈していく」というエピソードは、印象深かった。

それでも学校へ行く

童心社の冊子「母のひろば 660」で
写真家・作家の長倉洋海氏の「山の子どもたちの17年」という記事を読んだ。
長倉氏は、長くアフガニスタンのこどもたちの学校支援の活動をされている。
ページを開き、まず、最初に目に入ったのは
でこぼこの山間の道を、手をつないで学校に向かうアフガニスタンのこどもたちの後ろ姿だ。
山の遙か下にぽつんと学校が見える。
二時間近くかけて、こどもたちは学校に通うのだ。

机もイスも黒板も満足にない教室で
肩を寄せ合いながら、学ぶこどもたち。
黒板を見つめるまっすぐな瞳。
その写真に、胸をつかまれた。
彼らの中には、朝、牛や山羊の世話をしてから来る子もいるという。

でも、それでも、彼らは学校にくるのだ。
何年か前に、険しい通学路を、長時間かけて学校にくるこどもたちの映画を見たことがある。
その時も思った。
そんな困難な状況で、なぜ、学校に通うのだろう。
「学校は行かなくてはいけないもの」という刷り込みや
「学校に行かないと親にしかられる」という恐れ。
そういうものも、どこかに存在しているのかもしれないけれど
でも、やっぱり
人は「学びたい」と思う生きものなのだと思う。
そして、「学びたい」と思うからこそ
他の生物とはちがう進化をとげてきた。

こどもたちは、まだ、耕されていない広大な土地を心に持っている。
だから、そこを耕すための、道具や肥料を得るために学校に行く。
みんな、自分を耕したいのだ。
もちろん、それは「学校」でしか与えられないわけではないけれど
「学校」でしか得られない知識という肥料もある。
それを求めて、アフガニスタンのこどもたちは、学校に通うのだろう。
そこに、「学ぶ」ということの本質を見ることができる。

長倉氏の文章の中に、日本の支援を心から感謝してくれるこどもたちの様子が語られている。
また、大きくなったこどもたちの多くが、
「医者になって人を助けたい」「学校の先生になって村の子に勉強を教えたい」「村の水力発電を改善して、住みやすくしたい」と
故郷の村の人々の役に立ちたいと願っているという。

しっかりと耕されたに心に育つ思いは、
こんなにも前向きでやさしい。

大渋滞

いとうみく「大渋滞」(PHP出版)を読んだ。
daijyuutai
4年生の麦は、両親と弟の大地と旅行中だ。
ママの妹の結婚式に出るために、東京から名古屋に車で向かっている。
楽しい旅行のはずなのに、麦の気持ちは複雑だ。
一週間前からなかよしのきょんちゃんと口をきいていない。
それだけではない。
この旅行が終わったら、パパとママは離婚することになっているのだ。
高速道路を走行中、車は大渋滞に巻き込まれる。
車内は不穏な空気につつまれていく。

離婚をきめたほどなのに
この夫婦には、憎み合っている感じはない。
どこかユーモラスでさえある。
車の中でCDにあわせてパパが大声で歌い始めると、ママはおこる。
「やめてよ! あたしが聞きたいのはMISIAの声で、MISIAの歌なの!」
笑ってしまった。
それ、わが家にもあります(笑)
そのほかも、「渋滞あるある」がいっぱいだ。
夫婦のけんかの内容も、身に覚えがある物ばかりだ。
ママの怒りはわかるけれど、どうして離婚までしなくちゃいけないのか。
後で判明する理由は、「なるほど」と納得できる物だった。

まだ読んでない人のために結論は言わないけれど
「渋滞」に巻き込まれた時間の中で
こんなにもうまくストーリーを展開できるなんてすごい。
とってもおもしろかった。
「いとうみくにはずれなし」だ。


本屋さんで、ものすごく素敵な本を見つけた。
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柏葉幸子「霧のむこうのふしぎな町」「地下室からのふしぎな旅」「天井うらのふしぎな友だち」の三作が一冊に収められた愛蔵版だ。
カバーの中央に穴が開いていて窓みたいになってる。
開くと
husigi2
こんなかんじ。
すごい!
中のイラストは、単行本のときと同じだ。
素敵……

ぼくが神様と過ごした日々

アクセル・ハッケ作 那須田淳・木本栄共訳「ぼくが神様と過ごした日々」(講談社)を読んだ。
kamisamatosugositahibi
ある日、ぼくは、窓から落ちてきたガラス製の地球儀にあたる瞬間、老人に助けられる。
その老人は、どこか品格のある「老紳士」だった。
その後も何度か会ううちに、老紳士は実は神様であるとわかる。
この世界の創造主なのだ。
でも神様は、この世界を作ったときに、人間のことなど考えていなかったという。
芸術として「地球」を創造したにすぎない。
人間は、副産物にすぎなかったのだ。
そして、今神様は悩んでいる。
人間どもは、何千年ものあいだ愚行をくり返している。
これは、作ったしまった自分の責任だと。

読み始めたときは、「わがまま」で「かわいい」神様が地上に降りてきて、
主人公とたのしい休暇をすごす、みたいな話かと思っていたら、そうではなかった。
神様は滅入っている。
自分自身の無力さに苛まれている。
たしかに、この世の中には、理不尽なことがいっぱいあって
そんなときには、人間は思う。
「神様は意地悪だ」と。
でも、神様だって、そんなふうに地球がなっていくなんて思っていないのだ。
神様は、「すべての責任は自分にある」と後悔するけれど
どうなんだろ?
それは、ほんとうに神様のせいなんだろうか。

「ちいさなちいさな王様」の作者の新刊を
那須田淳・木本栄コンビ(というかご夫婦なんだけど)が日本語訳した。
主人公の創造からできあがった「事務ゾウ」(犬くらいの大きさのゾウ)とか
世界の中心の「どおでもええ」とか
ドイツ語ではどんなニュアンスで書かれているんだろう。
外国の言葉を日本語に直す作業って
ものすごく難しそうだ。

この本、4月の末に那須田さんから送っていただいていたのだけど、なかなか読めなかった。
というのも、原稿が書けていなかったからだ。
5月末日〆切りの短編。
その原稿の前に、片をつけておかないといけない原稿が二つあって
私的には、4月末までにそっちをまず書き終えて
5月になってから書けばいいやと思っていた。
が、実際に5月になってから書こうと思ったら
なんにも浮かばない。
ええ、本当になんにも。
苦し紛れに、「ももたろう」に載せた物で活用できるのはないかと
押し入れにいれてあるバックナンバーをさばいてみたり、
過去のネタ帳を見直したり
パソコンの中に入ってる「途中書き原稿」を読み直したり。
でも、思いつかなくて
あんまり考えてたら、気持ちが悪くなってきた。
仕事が進まないと、体調も、精神状態も悪くなってくる。
悪戦苦闘しながら、一応書いてみたけど
どうも求められているテーマからずれると気づいて
最初からやりなおし。
「もう、テーマや枚数や〆切りが決まってる原稿は、二度と引き受けない」
と書いているときは思っていた
しかし、一昨日、なんとか書き終えたら
その日の夕方、また短編の・8月末〆切りの・テーマが決まった原稿の依頼が来た。
そしたら、あんなに「もう引き受けない」と思ってたのに
「ま、なんとかなるか」と思ってしまった。

これって、出産と同じだ。
苦しんでるときは「もう二度と生まない」と思うのに
生んだとたんに、すっかり痛みをわすれ「次の子は……」と考えてしまう。
出産の痛みをわすれるのは
「そういうふうにできている」
と聞いたことがある。
いつまでも覚えていると、次が生めないから。

作家も同じだ。
産みの苦しみをいつまで覚えられないようになっている。

バズる!

一昨日の夜、何気なく

息子二人は独立し一人暮らしをしているのだけど、夫との会話の中で名前を出すと、犬たちは「帰って来た」と思うらしく大騒ぎで玄関に走っていく。不憫だから、息子たちの名前は「あの」とか「例の」とかハリーポッターのヴォルデモートみたいに「名前を言ってはいけないあの人」扱いになってる。

ってTwitterにつぶやいた。
最初は、親しい人たちがウケてくれていた程度だったのだけど
朝起きたら、200近い「いいね」が集まってた。
普段、多くても100くらいなので驚いていたら
その後、どんどん、どんどん集まってきて
勢いが止まらず、
1万を超えたとき、もしやこれが「バズる」ってことなのかもと気づいた。

返信できるものには、返信しつつ、様子をうかがっていたら
現在、7,5万いいね 2,6万リツイート!
びびびびびびっくり!w(゚o゚)w
今もスマホは、反応し続けている。
(さすがに、音は切った)

多くは犬好きの方とお見受けした。

返信のほとんどは「わかる、わかる」「ワンコ、かわいい」の共感。
次に多かったのが、「うちではどうやって、犬たちにバレないようにしてるか」の話題だった。

うちのように、一人暮らしをはじめた娘さんや息子さんが帰ってきたと勘違いさせないように
「彼」とか「あの人」とかいったり、
「うちの妹は、まもなく帰宅の予定ですか」なんてややこしいいい方をしたり

「カミナリ」という言葉に反応するワンコのために
「ピカチュウ」といってるとか。(かわいい

動物病院につれていくのに、名前をいうとバレるから
犬を「郷ひろみ」といってるとか〈笑)
(「郷ひろみ、予防接種につれてかなくちゃ」)

「散歩」の隠語はみんな、すごく工夫してて
「パークにゴー」などのルー語引用型
「ポポポ」「犬歩き」など造語型
「さ」「や」「ぺ」などの短縮形

中には、お父さんが亡くなってから
「お父さん」という言葉を出すと、犬が探し回って……というのもあって、これは泣けた。

しんみりするものもあったけど、
犬を愛する飼い主たちの工夫が垣間見られて楽しいかった。


しかし、こんな体験、初めてだったので面白かった~。
「いいね」や「リツイート」「リプライ」をくださった皆様、ありがとうございました。
rumoka2109
「ありがとうございました」


リアルWAONくん

デビュー2作目の「WA・O・N 夏の日のトランペット」は、
実在の人物から名前と設定(お寺の跡取りの12歳、トランペット担当)をお借りして書いた。
出版にあたっては、本人からもご家族からもご了承をいただいたが
今考えれば、かなり非常識だった。
今なら絶対やらない。
でも、名前を貸してくれたWAONくんは、
ずうっと前向きな反応で、わたしは、それにずいぶん救われた。

そんなWAONくんではあるが、もう20年以上も会ってなかった。
年賀状のやりとりは毎年していたし
何度かメールや電話のやりとりはしたものの
顔をあわせてはいなかった。

ところが昨日の夜、電話をもらった。
今、彼は新潟に住んでいるのだけれど、
連休を利用し、実家にもどってきているとのことだった。
それで、急遽、会うことになった。

彼の実家のお寺に伺うと、
小坊主さんのようなかわいい男の子が
「いらっしゃいませ」と玄関で出迎えてくれた。
ミニWAONくんだ!
今年小学校に入学したと聞いている。
「お父さん、そっくりだね」
というと、
「5歳くらいから、いわれるようになりました」
おおっ。なんてしっかりした言葉遣い。
「どうぞ、おあがりください」
お寺のお子さんというのは、幼いころからこんなにも礼儀正しいのか。
今さらながらに感動した。
顔が幼くてかわいいから、よけいにていねいな言葉遣いが愛らしい。

20数年ぶりに会ったWAONくんは
華奢な少年から、落ち着きのあるお父さんになっていた。
お寺の跡取りさんにふさわしく
ありがたいお話をしそうな雰囲気だった。
そして、傍らにかわいい奥様(なんと元ミス琵琶湖!)がいた。
奥様もお寺の娘さんなのだそうだ。
少し話しただけでも、人柄の良さが感じられた。
いいなあ、こんなお嫁さん。

お互いに久々に「WA・O・N」を読んだという話をしながら
不思議な縁でこの物語は生まれたんだなあと、改めて思った。
たまたま赴任した学校で
楽譜も読めないのに「金管クラブ」の顧問をすることになって
途方に暮れているときに助け船を出してくれた6年の男の子。
この子に会わなかったら「WA・O・N」は書いていなかった。

大人になったWAONくんに会えてうれしかった。

昨日の電話でわたしは「2時に行きます」といったらしいのに
時間をまちがえて1時に行ってしまった。
どうりでみんなバタバタ忙しそうだなと思っていたのだけど
犯人はわたしだった。
WAONくんのお宅の皆様、大変申し訳ありませんでした。

あとでWAONくんから写真を送ってもらった。
waonkunn
本当はミニWAONくんのかわいらしさをお見せしたいところだけど、
大切なお子様なので、ちょっとぼかしを。

夕方、WAONくんとすこしだけLineのやりとりをして
そのとき、野間賞をいっしょ受賞した髙村薫さんが
東本願寺で講演をされたという話題が出た。
「先生もいつか」
といわれたので
「わたしは、いいです。仏様に失礼だから」
と答えた後の、WAONくんの返信が秀逸だった。

「いやいや大丈夫です。
仏様はみんなに平等です」

WAONくん、ありがたいお話、ありがとうございます(笑)
プロフィール

yamamoto etsuko

Author:yamamoto etsuko
「神隠しの教室」(童心社)で、第55回野間児童文芸賞受賞。「先生、しゅくだいわすれました」「がっこうかっぱのイケノオイ」「ポケネコにゃんころりん」シリーズ、「テディベア探偵」シリーズ、「夜間中学へようこそ」などの著書を持つ児童文学作家。愛知県半田市在住 児童文学同人誌「ももたろう」同人、日本児童文学者協会会員 JBBY会員
〔家族〕 夫 息子その1(人間) 息子その2(人間)、息子その3ルウ(トイプードル) 息子その4モカ(トイプードル)

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