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鐘を鳴らす子供たち

古内一絵「鐘を鳴らす子供たち」(小峰書店)を読んだ。
kanewonarasukodomotacih
戦後、まだ社会が混乱していた頃
圧倒的な人気を誇ったラジオドラマ「鐘の鳴る丘」。
そこに出ていたいたのは、子役でも何でもない普通の小学生たちだった。
突然白羽の矢を立てられた小学生たちが
「お菓子がもらえる」「家の手伝いをしなくてもいい」という言葉にさそわれ
出演することになったのだ。
この物語は、「鐘の鳴る丘」に出演した子どもたちの話を元にしたフィクションだ。
むかしのラジオドラマは、一発勝負の生放送。
子どもたちは練習を重ねて挑む。
でも、そこにもそれぞれの子どもたちの葛藤がある。
ラジオ局にあらわれるアメリカの将校、
日本人使用禁止のトイレ。
公園すら、日本人は立ち入り禁止になっている。
そういうものを目にするとき、
子どもたちは日本は負けたのだと認識する。

すごくよかった。
読み始めたら、やめられなくなって一気に読んだ。
「鐘の鳴る丘」というドラマがあったことは
なんとなく知っていた。
ドラマの内容はまったくわからないが主題歌に聞きおぼえがあった。
でも、まさかラジオドラマとか思わなかった。
しかも、素人の子どもたちを集めて作ったとは。
「必ず勝つはずだった」のに、なぜ負けたのだろうと考えている良仁は
少し前まで海軍飛行予科練習生になりたいと思っていた。
医者の息子で、父親に逆らえない祐介。
死んだ親に代わり馬方をしている、吃音の孝。
地下道であやしい男たちとまがい物のまざったタバコを売る将太。
登場する子どもたちが、どの子もリアルで
その息づかいや、体臭まで伝わってきた。

敗戦を境とし
ものの価値観がガラリと変わってしまった時代。
今まで信じていたものが
まちがっていたのだと知らされる瞬間。
あの時代の子どもたちは、どんな気持ちでいたのだろう。
過ちの代償として
子どもたちが背負わされたものは大きかった。
大人も子供も、ボロボロに傷ついていた。
そんな不安な時代の明かりとして存在していたのが
ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」だったのだろう。

「放送劇は、物語は、きっといのりなのだ。
昨日よりも、今日よりも、明日はもっと幸せに」
物語の終盤に語られる言葉に
目頭が熱くなった。

この物語を読んで
わたしは、自分と作者・古内一絵との格の違いを感じた。
同じように、書くことを生業をしているけど
全然違う。
恥ずかしくなった。

私もがんばろう。
同じ「作家」と名乗って、恥ずかしくないように。
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地下鉄に乗る

昨日は、神楽坂にある日本児童文学者協会事務局に行った。
20年以上、児文協に入っているが、
一度も行ったことはなく、今回初めてだ。
JRの飯田橋で下りて、神楽坂方面には何度も行ったことはあるので
出来たら同じようにJRで行きたいと思ったのだけれど
地図を見ると、どうしても児文協にたどり着ける気がしない。
それよりも地下鉄で神楽坂まで行った方が確実だ。

しかし、地下鉄に乗るルートがよくわからない。
地下鉄に乗るためには、東京駅から「大手町駅」を目指さなくちゃいけないのだけど
この「大手町」ってヤツがくせ者で、
「大手町」の分身がたくさんいるのだ。
路線によって、駅(というか改札)が違うらしい。
東西線?都営三田線?千代田線?半蔵門線?
そんなん、わからんわ
行けんっちゅうの。

で、避けていた。
乗ったことはあったかも知れないけど、
それは誰かについて行ってただけだ。

今回は、東西線初チャレンジ。

自分の方向感覚のなさに絶大な自信のある私は
事前にネットで「新幹線 地下鉄東西線 乗り換え」とうち
新幹線を降りた時点から、東西線に乗り込むまでの動画を探し出した。
最近、こうやって調べる方法を知ったのだ。
すごいね。
世の中には、お上りさんのために
こんな至れり尽くせりの動画をアップしてくれる人がいるんだね。
ありがとう!
すべてのお上りさんを代表してお礼をいいます。

ここ10年、毎月のように東京に行っている。
しかし、今回初めて気づいた。
新幹線ホームに「日本橋口出口」行きの階段があることに。
ホームの先まで行くと、こんな未知のとびらがあったのだ。
いつもそんな端っこまで行ったことがなかったから気づかなかった。
そしてこの「日本橋口」こそが
地下鉄へむかう黄金のルートだったのだ。
おかげで昨日は、無事東西線に乗ることが出来た。
よし、これでこれから地下鉄に乗れる!
多分……
少なくとも東西線には。

「二年二組のたからばこ」(童心社)
四刷りのお知らせをもらった。
昨日も「本が売れない」話を散々聞いたのに
ありがとうございます。

まだ、見本は来てないけれど
二冊の著書の翻訳版が出る予定。
別々の国だ。

そういえば、7月8月は、オリンピックの影響で
物流がストップする可能性があり
そのために本の出版予定が少しずつずれだしていると聞いた。
これぞ、風が吹けば桶屋が儲かる。
思わぬところに影響が出るんだなあ。

「さぴあ」に

大手の進学塾「サピックス」の雑誌「さぴあ」で
「今、空に翼広げて」を紹介してくださった。
sapia20201
ありがとうございました。

昨年9月に取り付けたドアホンが
どうも調子が悪い。
音はするのに、画像が出ない。
電池を何度替えてもダメ。
夫は、「しばらく様子を見るか」とかいってたけど
なんかすっきりしないので
自分で調べた。
すると、パナソニックのHPに
「2019年9月から11月に製造したドアホンに不具合が発生している」という書き込みを発見!
すぐに詳細を調べたら、まさにこれではないか。
電話をして、製造番号などで確かめてもらったら
確かに、リコールの商品だった。
調べてみるもんだなあ。
わたし、しっかりしてるじゃん!

さて、そんなしっかりしている私は
明日、東京に行く。
もちろん仕事なのだけれど、明日の課題は仕事よりも
「東京駅から地下鉄東西線に乗ること」
ネットで「東京駅から大手町・東西線に乗る」という動画をチェックして
多分、行けると思うんだけど……。
しっかりしてるし……。
不安だ……。

となりのアブダラくん

黒川裕子「となりのアブダラくん」(講談社)を読んだ。
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6年生のハルには秘密がある。
それは、編み物が好きだということ。
体が大きく、空手の有段者のハルが、あみぐるみ作りにはまっていることはだれも知らない。
そんなハルのクラスに、パキスタン人の転校生、アブダラくん(アブドゥ)がやってくる。
ハルは、アブダラくんのお世話係にされてしまう。
まったく日本語がわからないだけでなく、イスラム教徒のアブダラくんのお世話は大変だ。
それでも少しずつ親しくなっていくのだが
今度はそのことでクラスからういてしまう。

イスラム教徒の子をよくテーマにしたなあと
まず感心した。
イスラム教徒は、「イスラム過激派」と混同され
偏見の目で見られがちなのだ。
クラスに、こんな子が入ってきたら
そりゃあ、一悶着あるだろう。

アブダラくんが転校してくるのとあわせたように
ネコスケ先生が、日本語教育の先生として赴任するが
普通、こんな学期の途中にそういう特別枠の先生は配置されない。
つまり、かなり緊急性を要した人員配置ということだ。
そこから考えると、かなり理解のある市(または区)であると考えられる。
けれど、受け入れ先の学校の対応はお粗末だ。
ハルたちは、行動を起こす前に、まず先手を打つべきなのは学校でなくてはならない。
また、学校の保護者の態度もひどい。
宗教上の理由で服装が違ったり
習慣が違ったりすることを、糾弾する必要がどこにあるのだろう。
この学校区は、外国人に慣れていないのだろうか。

そんななかで、一度は裏切ってしまったアブダラくんに会うために
ジャーミィ(イスラムの教会)まで行ったハルは、勇気がある。
この場面は、教会の描写とあいまって、とても感動的だ。
そして、一番よかったのは
最後のアブダラくんのスピーチ!
爽快だった。

ネコスケ先生のブラックボックス説は、差別を生む背景を
とてもシンプルにわかりやすく教えてくれた。
相手を知ること。
外国人でも日本人同士でも、まずここからだ。
これから、日本にはもっと移民が増えるだろう。
今まで外国人がいなかった町にも、様々な国の人が来るはずだ。
この物語は、日本人が他の国の人々を受け入れていく先駆けとなるだろう。

わたしも外国人の出てくるお話は、何本も書いているが
わたしの書く外国人たちは
特別ではなく、ふつうにクラスにいる一人だ。
というのも、外国人の多い地域で教員をしていたので
クラスに複数の外国人がいるのが当たり前だったからだ。
子どもたちも、転校生が来ると「なに人?」(どこの国?)と聞くほどで、
たまに日本人の転校生が来て
日本語で自己紹介すると、
「えっ? 日本語話せるじゃん」(だから日本人って言ったでしょうがっ!)
学校でわたすお便りも「日本語」「ポルトガル語」「スペイン語」だった。
そんな環境で育ったこどもたちは、天然バリアフリーで、
宗教の違いも、ことばの違いも問題になることはなかった。
生活習慣の違い……例えば、土曜日の行事には参加しない、なんかは困ったこともあるけど。
でも、多国籍の子を偏見なく受け入れられる土壌があるせいか
一人親の子も障害のある子も、
途中で苗字のかわる子も、
すんなり受け入れていたなぁ、あの子たちは。

きっとこれからは、そんな学校、そんな子どもたちが増えてくると思う。
かわらなくてはいけないのは、大人の方だ。

最後におまけ。
私が書いたお話で、唯一、転校生として外国人が来るお話。
asobo
はじめ「ジュリアナ、バーモスブリンカル」というタイトルにしたら
「何の本かわからない」といわれ、
この題になった。
バーモスブリンカルは、「いっしょに遊ぼう」のポルトガル語訳。

ユンボのいる朝

麦野圭「ユンボのいる朝」(文渓堂)を読んだ。
yunbo
ある朝、幹は、マンションの7階の部屋から見えるビルの上に、ユンボがあることに気づく。
いつ、あんなところに上げたのか。
どうやって上げ、どうやって下ろすのか疑問に思う。
そんな幹には、気がかりなことがある。
ひとつは、会社を休みがちな父親のこと。
それから、同じクラスの菊池くんのこと。
幹は、菊池くんにいわれるままに万引きをしたことがあるのだ。

寝る前にちょっと読もうかなと本を広げたら
ぐいぐい引きつけられて、一気に読了。
とてもよかった。

ずっとバリバリ働いていたお父さんが、
会社に行けなくなり、今も、休みがちになった。
家にいる父を見るたびにかんじる心許なさ。
同級生の菊池くんに逆らえないで、
言われるままに万引きをして以来、胸にひっかかっている罪悪感。
「おまえみたいに何もいわないヤツを見てると、むしゃくしゃする」
と言われたときの悲しさ。
主人公・幹の心情が、よく伝わってきた。
心理描写が巧みだなあと感心した。
ビルの上にあったユンボが、地面に到着したとき
幹の足もとも落ち着き
ようやく顔を上げることができる。


ユンボの運転手、博巳さんの存在が際立っていた。
押しつけがましいことはいわず
淡々と心を受け止め
ほんの少し背中を押してくれる。
博巳さんのサイドストーリーを読んでみたい気持ちになった。

タイトルになっている「ユンボ」は、商標名だ。
正しくは「パワーショベル」。
だから、本当はこちらを使うべきだろう。
しかし、角野栄子が「魔女の宅急便」で、
「宅配便」ではなく商標名の「宅急便」を敢えて使ったように
ここは「パワーショベル」ではなくて「ユンボ」のほうがぴったりくる。
こういうところは、センスだろうな。

ぼくらの波を走る

工藤純子「ぼくらの波を走る」(講談社)を読んだ。
bokuranonami
東京から千葉のおじいちゃんの家に越してきた海波(みなみ)。
名前のことでからかわれて、クラスになじめずにいた。
ある日、海でサーフィンをしている男の子と出会い
サーフィンを教えてもらうことになる。

この物語は「スポーツのお話」というシリーズなので
そのスポーツの基本的なことを語りつつ
魅力も伝えるという命題を抱えている。
枚数も少なめだし、
ここにストーリー性を取り込むとなるとけっこうむずかしい。
その点、この「ぼくらの波を走る」は、
サーフィンの魅力を伝えつつ
ちゃんと物語世界をつくりあげていて、
さすが、うまいな、と感心した。
読んでいて、「サーフィン、やってみたいなあ」と思った。
「怖い波やいやな波もあるけど、逃げないであわてなければ、そのうちすぎていくし、いい波もやってくる」
「今だって思ったら、そのチャンスを逃しちゃだめなんだ」
サーフィンて、奥の深いスポーツなのだな。

ほかにもこのシリーズ、「リレー」(陸上)、「空手」「卓球」「バドミントン」「柔道」「スポーツクライミング」「テニス」「野球」「体操」がある。
今年はオリンピックイヤーだし、タイムリーだな。


昨日、Twitterを見ていたら、絵本ナビの去年の売り上げベスト30が出ていた。
絵本ナビ
「先生、しゅくだいわすれました」(童心社)が第7位!
昨年は10位だったので、躍進だ
ありがとうございます。

ももたろうの同人のオススメで
「カラスの教科書」(松原始 雷鳥社)という本を図書館から借りて読んでいた。
普通にカラスの生態をかいたものなのだけど、
なかなかおもしろい。
カラスは人を識別できるのかとか、食べられるのかとか。
きっと、この本を読めば、カラスに愛着がわくと思う。
ただ、ものすごく厚くて……。
読み切れないうちに期限が来てしまった。
延長もできるけど、
今は、ほかにやらなくちゃいけないことがたくさんあるので
いったん返却。
けど、また、続き読むよ。待っててカラス。

図書館に返却しに行ったら、横の道路で朝市をしてた。
2と7の日に立つのだ。
野菜も魚も新鮮そのもの。
エビが跳ねてた。
せっかくなので、
大根(1本100円)、人参(1山200円)、菜花(1束100円)、タマネギ(一山300円)、みかん(バケツ1杯300円)を購入。
みかんは、小さくて見た目が悪いのだけど、ものすごくあまかった。
お正月に散々試食して買った高いみかんよりおいしい。
happatukininjin
最近、なかなか葉っぱつきの人参や大根が買えなかったので、よかったぁ。のぞいてみて。
大根の葉は、ツナ缶、ニンニクと炒めて、醤油で味付け。しあげにレモン汁をかける。
人参の葉っぱは、油揚げといっしょにごま油でいためて、醤油、みりん、砂糖で甘辛く調理。
おいしくて、大すきだ。
今日は、いい買い物したなぁ

ぼくたちのだんご山会議

おおぎやなぎちか「ぼくたちのだんご山会議」(汐文社)を読んだ。
dangoyamakaigi
4年生のぼく・樹の町の「だんご山」にテーマパークをつくる計画が持ち上がった。
獣医をしている樹の祖父は反対だ。
最初は、喜んでいた4年生の子どもたちも
「本当にいいのかな」と揺れはじめる。
日曜日、先生やおじいちゃんたちとだんご山に登った子どもたちは
そこで様々な意見を出し合う。
まさにだんご山会議だ。

この会議に出た意見がいい。
「自然のままがいいといいつつ、ねこに避妊手術するのは不自然だ」
「だんご山以外のところだって、昔から家が建っていたわけじゃない。自然をこわさないようになんて言ったら、原始人のように暮らさなくてはいけない」
「人が気持ちよく暮らすためには、自然に手をいれていくことが必要」
自然をそのままに残したいという意見ももちろんある。
登場人物の人物像がしっかり設定してあるので
「この子なら、こういうだろう」と納得できる。
そんな中で樹だけは、自分の意見を決めかねている。
ここもリアルでいい。
小学生に確固たる信念を持たせて
「反対運動」とかさせるのは無理がある。
まずは、自分で考えること。
ひとつのことでも、いろいろな見方ができることや
いろいろな立場の人がいるのを知ること。

話が、一方的に「自然を残すべき」で進まなくてよかったなと思った。
これくらいの年齢の子なら
担任の言い方次第で、うまく誘導できてしまう。
けれど、ここにでてくる先生はそれをしない。
だからこそ、子どもたちは自分の意見を持てる。
作者自身が、自分の考えを押しつけるのではなく
とても公平な人なのだろう。

実際の4年生より、少し大人だなと思った。
設定は5,6年生でもいいかもしれない。

佐藤真紀子さんの描いた町の地図を見て、
いいなあと思った。
わたしも地図付きのお話書いてみたいなあ。

菜の子ちゃんとマジムンの森

富安陽子「菜の子ちゃんとマジムンの森」(福音館書店)を読んだ。
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沖縄の山原の森にすむ妖怪・マジムン(妖怪)ブナガヤの落とし物を拾った菜の子ちゃんとユージ。
それを届けることにする。
その落とし物は、実は海の門を開けるカギだった。
マジムン月の満月の夜
古い木の精キーヌシーは卵を産むのだ。
その卵が大きくなるとブナガヤになる。
そのお祝いをするために、海に住むたくさんの生きものたちが門をくぐっていく。

菜の子ちゃんが、日本全国の不思議を旅するシリーズの第4弾。
白いマンタの背に乗り
夜空を行く下りは圧巻の迫力だ。
なんてスケールの大きな物語なんだろう。

菜の子先生の子ども時代と思われる菜の子ちゃんは
本当に魅力的で
子どもならだれでも、うちのクラスにも来てもらいたいと思うはず。

やっぱり、富安さん、いいなあ。
(なまじ本人を知っているので呼び捨てにできない)
好きだなあ。
こういう、子どもたちが文句なしに面白がって読む作品を書く作家になりたい。


先日、伺わせていただいたコメリ書房鈴鹿店さんが
こんなふうにディスプレイしてくださった。
kommerishobousan114
写真もしっかり飾ってくださった。
もっと笑顔でとってもらえばよかった。
というか、あと3㎏痩せてから撮ってもらえばよかった(いつになるかわからないけど)。
赤いリボンに「サイン本」と書いてくださったけど
この本、だれか買ってくれるかなあ。
避けられたりして……。

みかん、好き?

魚住直子「みかん、好き?」(講談社)を読んだ。
mikansuki
父親のふるさとの島に引っ越してきたものの
島の暮らしが好きになれない拓海。
おじいちゃんのみかん畑に行ったとき
「ここのみかんが好きで訪ねてきた」という女の子に出会う。
彼女は同じ高校の特進科の生徒の長谷川ひなた。
ここのみかんがすきで、わざわざ東京から来たらしい。
彼女につきあわせられる形で、
拓海は、おじいちゃんのみかん畑を手伝うことになる。
そこに個性的な柴が加わる。

拓海、ひなた、柴のさわやかな青春小説。
三人三様で、それぞれに抱えているものはあるものの
最近、まれに見るすっきりさわやかなお話だった。
このところ、YAにあたるものって
たいてい貧困かいじめかネグレクトか、
なんか重たかったから。
このお話は、みかんのようにいい香りがした。

モカがまた首が痛そうなので
病院に行って薬をもらってきた。
先月は、ルウが肉球にケガをして、病院に通っていたし
しょっちゅう、犬猫病院に通っている。
ネットで予約をとるのだけど
なかなかとれないのが困る。
お医者さんは、10人以上いるのに、どの先生も予約がつまっている。
緊急のときは、電話すれば、どこかにねじ込んでくれるのだけど
そこまでではないときは、根気よく空きをさがす。
予約していても、けっこう待つことになる。
待合室はたいていいっぱいだ。
どの子も我が子のように
大切に抱えられている。
(かくいう私も……)
こんなに大切にされている子たちがいる一方で
捨てられる子もいるって、なんなんだろう。
Twitterで、ケージに入れられた犬の写真つきで
「この子たちの命の期限はあと3日です」と
引き取り手を募集する書き込みを見ると
「どの子も全部引き取ります」と言いたくなる。
でも、現実にはそんなことはできない。
考えると、ホントに辛い。

犬、猫、鳥など、商品として売ることじたいがまちがってるんじゃないかと思う。
命なんだし。
お金をはらえば、だれでも飼えるのではなくて
家の大きさや、家族構成、動物を飼った経験、
何よりも愛情と覚悟などチェックして
「この人なら」「この家族になら」と思える人にだけ
託していけたらいいのにな。
そういうふうにすると、ペットショップって成り立たなくなってしまうかもしれないけど
「犬」や「猫」を展示して売っている国って
日本くらいだと聞いたこともある。
なんか
よく考えると
何の権利があって、人間てヤツは
ほかの命を売り買いしてるんだろうとも思う。

現実的には、うちのワンコたちも「お金で買った」子たちだ。
だから、えらそうなことはひとつも言えないのだけど。
でも、ペットの売買のしかたを変えない限り
不幸な命はなくならないんじゃないか?

うちに来てもらった命は
大切に大切に、最期まで守っていきたいと思う。

湖の国

柏葉幸子「湖の国」(講談社)を読んだ。
mizuuminokuni
介護施設で働いているミトは、家族と折り合いが悪く
家に居場所がない。
仕事の帰り、家にもどらず、施設でかわいがってくれる沢井のおばあちゃんが
ミトにだけ教えてくれた、東北の湖の畔の家に行ってみることを思いつく。
なんとか家を探し出し、一晩泊まることにするのだが
その夜、湖から船が来る。
船の中から出てきた人物は、おばあちゃんの家にやってくる。
よく見ると、それは沢井のおばあちゃんなのだ。
事態が飲み込めないまま、いっしょに暮らし始めて気づく。
この人物は、中身は別人だ。

湖の国とはなっているけど、
これは、遠野の物語だな、と思った。
柏葉さんは、ずっと東北の民話をベースに書き続けているのだろう。
永遠の命を与えられるよりも、大切な人と限られた時間を生きたい。
弱々しかったミトが、物語が進むにつれ
強い思いを抱いていくのが感動的だった。

ぐいぐいひきつけられて読んだが
はっと気づいた。
これは、ラブストーリーではないか!
わたし的には、途中からヨシノ(沢井のおばあちゃん)は、キムタクになっていた。
かっこいい
これは、恋をするよ、絶対。

ただ、最後にミトはこのまま沢井のおばあちゃんの家で暮らすみたいなのだけど
それは、いいのか?という疑問は残った。
だって、あそこは本物の沢井のおばあちゃんの家だし。
(ミトと暮らしたおばあちゃんは、別人)
で、ヨシノは、どうなったのというこたえも知りたい。
今度柏葉さんに会ったら、聞いてみよう。(奥の手)

内容的にも、主人公の年齢からしても
児童文学ではなくて
大人向きに出してもよかったのはないかと思う。
大人にも柏葉幸子ファンは大勢いるし。

プロフィール

yamamoto etsuko

Author:yamamoto etsuko
「神隠しの教室」(童心社)で、第55回野間児童文芸賞受賞。「先生、しゅくだいわすれました」「がっこうかっぱのイケノオイ」「ポケネコにゃんころりん」シリーズ、「テディベア探偵」シリーズ、「夜間中学へようこそ」などの著書を持つ児童文学作家。愛知県半田市在住 児童文学同人誌「ももたろう」同人、日本児童文学者協会会員 JBBY会員
〔家族〕 夫 息子その1(人間) 息子その2(人間)、息子その3ルウ(トイプードル) 息子その4モカ(トイプードル)

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